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あっという間の半年
インフルエンザにかかった顛末を書いて半年以上経った。
季節は勝手に夏に転じて、立秋は過ぎたもののいまが夏の真っ盛りだ。
久し振りになにかを書いてみようという気になったのは、少しだけ内省的な気分になっているからかもしれない。

半年経って変わったことと変わっていないこと。

3月に母が亡くなった。
78歳だったが天命を全うしたのだと思う。
お陰で父や兄弟、そして親戚との行き来が復活した。
20年余のブランクは簡単には埋められないが、血のなせる業かほとんど毎週のように父と食事をしている。
表面的な会話しかできていないが、子どもの時以来こんなにも多く父と語ったことはない。
妻は母との距離をもう少し早く詰めておかなかったことを悔やみつつ、連れ合いを亡くして落ち込んでいるふうに見える父を気遣ってくれている。
よい悪いは別として、これまでその日暮らしに明け暮れてきたぼくたち夫婦には、老いていく現実を考えさせられるきっかけになっている。

仕事は絶不調だ。
異動の内示を受けたのが昨年の8月の末近くだった。
退社するという前任者から集中的に引継を受けたが、はっきり言って仕事を舐めてかかっていた。
気づいたときには助けてくれる者もいなくて、最も不得手な管理系の、それも膨大な業務量に埋没している。
いずれは馴れると思いつつやってきたが、一年近く経ったいまも仕事の中身が見えてこないし、全うもできていない。
「四十にして惑わず」にはとてもとても至らず、惑いっぱなし四十台を過ごした。
「五十にして天命を知る」はずなのだが、なにひとつわからないままにもう一つ歳をとってしまった。
今週も終わらぬ仕事を片付けるため、ほとんど毎日23時過ぎまで残業したが、正直達成感はない。
見通しのたたないまま仕事を続けてなにがあるのか。
異動願いを出して自分の受け入れ先があるのか。
会社を辞めたらぼくの生活はどう変わるのか。
勝ち組を演じてきたが、思考の実態は完全に負け組だ。
# by pharaoh7 | 2009-08-08 08:21 | Profile
インフルエンザ
水曜の夕刻から調子が悪かった。
咳き込んで、頭がボーっとして怠かった。
無駄だと思いつつ風邪薬を飲んでやすんだが、木曜の朝は高熱と喉の腫れに見舞われて、病院に行くことを選択肢から外すことなど考えられない症状だった。
自宅マンションから至近の総合病院は平素から込みあっていて、こんな時節に出かけても2時間待ちは当たり前なので、ガーデンプレイスタワー内にいくつかあるクリニックに行くことも考えた。
しかしこれらのクリニックは健康診断やドック専門であったりして、形式的に診察体制を整えているが、インフルエンザなどでの来院はwelcomeでない臭いがプンプンしていることは、以前に診てもらって経験済みだから、件の総合病院へ。
覚悟した通り、診察券を自動受付機に通しておおよそ1時間半後に診察室に通された。
待たされた1時間半をそれほど苦痛に感じなかったのは、怠くて半分以上うつらうつらしていたため。
体温計を渡さて脇にはさんだもののいつまで経ってもピー音がしないので戸惑っていると、「いいですよ。顔を見れば熱が無茶苦茶あることはわかりますから」と言う懇意の医師。
脇から取り出した体温計はその時点で9度4分。
「一応検査しますけど、間違いなくインフルエンザの症状ですね」
その後処置室で鼻の穴に長い綿棒を突っ込まれる検査を受け、再び診察室に呼び戻されると、「Aプラス、バッチリです」「会社は休んでください」「熱が下がっても2日間は安静にしていてください」と矢継ぎ早の指示を受け、特効薬タミフル5日分の処方を受けた。
薬局で薬を受け取り自室に帰ったのがごご1時前。
予想通り2時間半かかった勘定。
会社に電話を入れて今週は無理だと告げる。
休みなく働いていたのに、実に簡単に休めてしまった。
キッチンのコンロで薬缶を焚き、暖房を入れて、タミフルと解熱剤を飲んでソファで新聞を読んでいるといつの間にか寝込んでしまう。
タミフルは強力で、みるみる症状が緩和されていくのがわかるが、4日目となる日曜日の朝時点でも痰のからみはまだ残っている。

木曜の晩、帰宅した妻にインフルエンザだと告げると、ひどく怒ってしまった。
昨年もぼくが風邪を持ち込んで罹患したからしかたがない。
そして翌金曜の夜帰宅したときの彼女は完全に情け無い顔をしていた。
きのう、土曜の朝、ぼくの症状は快復期にあったが、妻はこれから本番に突入しそうな状態で、体温も8度近くあったので、すぐに病院に行かせた。
本当は前日に行くように言ったのだが、彼女のインフルエンザであってほしくない願望がそれをさせなかった。
2時間ほどで帰宅した妻も同様のAプラス。
しかし処方された薬はタミフルではなくリレンザ。
同じ病院の同じ総合内科なのに、医師によってか、患者をみてかわからないが、同じ診断に対して違う処方なのは……。
リレンザというのは吸入式の薬剤で、リボルバーのような回転部のある吸入器を使う。
なんか仰々しい薬だが、薬嫌いの妻が納得しているようなので余計なコメントはすまい。
きのうの妻は横になって大人しくしていたが、夜中は咳き込んで苦しそうだった。
ついさっき妻が寝室から出てきて書斎に顔を見せたが、少しは楽になった様子だ。

さてさて、4連休となった最後の日曜日、なにをしようかな。
# by pharaoh7 | 2009-01-25 08:40 | Profile
さい先のいい年
きょうで正月休みが終わってしまう。
なんとなくノンビリと幸せをかみしめた休みだったが、あすからの仕事のことに思いが及ぶと気が重くなってくる。

元旦は雑煮をいただいたあとはWOWOWで「蒲田行進曲」などというベタな映画を見てしまった。
妻が洋服を買いたいというので、お昼過ぎて六本木ヒルズへ。
とくにこの店という目的もないのだが、この数年お正月に買い物に出かけている。
きった大したものを買うわけではあるまいとたかをくくっていたが、3時間近くうろついたが案の定ブラウスと小物を買っただけだった。
元旦のわりには人出が多く、沢山の福袋をかかえた若者も目につき、ここの風景だけ切り抜くと、100年に一度の不景気といわれるいまの世界経済の状況を見て取ることはできない。
お茶をして帰ろうかと思ったが、例によって正月の飲食店は高くて混んでるときているので断念。
自宅への帰路は、六本火の交差点から鳥居坂、暗闇坂、仙台坂上からナショナルスーパーの前を抜けて広尾橋に抜けるお気に入りの道で。

3時半過ぎに帰宅して遅ればせながらの年賀状。
50通ほどきていたが、5通も出していないヤツからの賀状があった。
例年出し忘れたりするヤツがいたりするのだが、1割は多すぎる。
一方でこちらに届いた賀状の半分以上のあて先の部屋番号が間違っている。
一昨年、同じマンション内で部屋を移って、昨年の賀状で部屋がかわったことを知らせたのだが、ほとんど効果がないことに気づかされた。
これは間違いなく「筆まめ」などを代表とする、あて名書きソフトのせいに違いない。
かくいう自分もそうだったが、喪中のヤツや転居の知らせをくれたヤツだけをチェックして、あて名をフィックスしてしまった。
前年の賀状を見ながら新しい賀状を書くなどという、心温まるも悠長な慣わしは、今は昔となってしまった。
それにしても、わが家の住所変更の不徹底はゆゆしき問題だ。
年賀状だから仕分けてくれたが、民営化した郵便会社はこの先も転送手続きを続けてくれるのか。
友人知人からの親書を受け取ることは数少ないが、ちょっと気になることなのである。

4時半過ぎて再びの外出。
めんどくさいと思っていたことが現実になってしまったのだ。
年末に元旦の夜に実家に来るよう両親に言われた。
一家の集いに参加せよということだ。
一昨年の秋以来、これまで没交渉であった自分の両親と、急速に交流を深めてきた。
主に妻がぼくの実家に行くことが主の交流だが、長い確執のあとではあるが、なんとなく関係を修復できたような気がしている。
ぼくにとってはそれで十分なのだが、両親からすれば兄弟や親戚たちとの関係も修復してほしいわけで、この日のイベントはその第一歩ということなのだろう。
世間ではよくある正月の家族の集まりであろうが、弟の三男夫婦と両親、そしてぼくたち夫婦の集いである。
もう一方の弟とその家族は、長男の中学受験のため欠席。
こちらの次男とはぼくはソリが合わないし、先方はぼくのいい加減さに長年腹を立てていたから簡単には解決はしないだろうが、とにかく弟夫婦ときちんと挨拶をすることをしなければいけない。
5時の約束が、実家近くのコインパーキングがどこも満杯で、駐車場捜しのためいきなり15分の遅刻。
実家に着いた途端、隣の伯父一家に挨拶に行けと言われ、考え間もなく行動。
その後、弟夫婦ともうまくやれて、20年、30年のブランクがあっという間に埋まってしまったのは心から嬉しかった。
常々このことが憂鬱の種だと妻に語っていたので、彼女にとっても鬱陶しさの素ではあろうが、素直に喜んでくれて救われた気持ちだ。
父から叔母のところやその他の近しい親戚のところに挨拶に行くよう言われたが、確かに面倒ではあるけど、親族縁者のありがたさもわかったような気がする。
世の中そんな甘いことばかりでなく、イヤなこともあろうけど、このことは本当に両親に感謝しなければなるまい。
家族の宴のメインは恒例のローストビーフ。
昔懐かしい味に再会できたことは幸せだった。
帰りは弟夫婦を車で送ってから帰宅。

さい先のいい年の始めと思わなければいけない。
# by pharaoh7 | 2009-01-04 09:37 | Profile
幸福感
よくわからないのだが、元旦を迎えてなにか新しい年を迎えたという達成感のようなものを感じてしまうのはぼくが歳をとったせいだろうか。

10月に部内の配置換えで仕事が変わった。
それ以来約3か月、めまぐるしいばかりの毎日が過ぎて、思考をする時間がほとんどなくなってしまった。
一昨年の11月の突然の人事異動以来、仕事に追われる日々が始まったが、この3か月はそれに拍車をかけるような忙しさだ。
新規事業の製作管理責任者と子会社の総務部長・経理部長の兼任というのは、これまでの自分の仕事とはまったく畑違いで、早朝から深夜近くまで会社の中で缶詰状態だ。。
唯一のメリットは新規事業立ち上げのおもしろさだが、責任ばかりが重く、計画通りに物事が進まないことに、朝早くに目覚めたり、眠れない日々が続いている。
土日をまともに休むことができない日々を過ごしてきたが、この年末年始の休暇が初めてのまとまった休みで、この次はいつ休みが取れるのかわからない。
26日が仕事納めだったが、27、28、29とフルではないが出勤してどうにかこうにか年内の仕事を終わらせた。
実のところやり残したことがないでもないが、それはそれでこの休み中にどうにかしよう。

30日は買い物と年賀状書き、そして小さいながらも書斎と呼ぶ自分の城のお掃除。
買い物の行き先は日進ワールドデリカテッセン。
ローストビーフ用の肉を買うのが主目的だが、各種の輸入食材やワインを物色するには格好の店。
1.5キロのニュージーランド産Chuck Eye Rollとワインコンテストで金賞を取ったという赤白それぞれのテーブルワインなどをゲット。
年賀状はあて名も文面もPCを使って印刷するのだが、一言を手書きしないと罪悪感みたいなものを感じるのはこれも歳のせいか。
とはいえ、随分と手抜きして、夕方に車で本局まで行って投函。
夕食は、昼間もとめたチーズとワイン、そしてローストビーフ。
ワインは2007年の若酒だったが、シャルドネの白はまずまずだったが、メルローの赤は若くていただけない。
どこのワインコンテストか知らないが大したことはない看板倒れだ。
ローストビーフはなかなかのできだったが、少々脂身が多かったので、次回からはstriploinのようなもう少し上品な部位にした方がいいかもしれない。

31日は朝からベランダのお掃除。
本当は窓拭きもしようと思っていたが、妻にそんなにがんばる必要はないと言われてパス。
昼前にガーデンプレイスの三越でお餅や鮮魚のお買い物。
お年賀の品をさがしにPartyに行くも、自分のところで食すフォアグラや鴨のパテ、そしてシャンパンを買い込むことに。
店のマネージャーにトリュフ・ソルトを薦められたが、さすがに今回はパス。
結局お年賀の品はロブションの焼き菓子に。
目の前の三越からもどって、今度は車で代官山のピーコックに。
毎年年末に粒ウニの瓶詰めが2本セットで1000円前後の廉価で出ているのでそれをもとめに行ったのだが、残念ながら目当ての商品は売り場に出ていなかった。
とくにウニが不漁だとは聞いていないが、いったいどうしたことか。
家にもどってスカパーでF1レジェンド、ロータスのセナが初めて勝つ1987年のモナコGPを見ながら、リビングの不要書類の処分。
とにかくDMの類が多すぎる。
その後書斎の整理をしていると部屋の隅に放置された外付けHDD4台が気になりだした。
あわせれば1テラバイト以上もあるのに活用されていない。
データの整理も必要だが、いちいち繋ぎ替えるのも面倒なので、4台を結束してハブでまとめてしまおうという作戦を考えた。
しかし、なぜかUSBケーブルは何本もあるけどハブがない。
思い立ったらなんとかで、こんなときはこらえ性がないのですぐにお買い物だ。
もともと洗車と給油、夕方にはなじみの蕎麦屋に年越しそばを受け取りに行く予定だったので、妻には行ってくると言うだけで出かけた。
蕎麦屋に行って挨拶をし、その後有楽町のビックカメラ。
見慣れた店内だが、いざとなると物欲が沸いて仕方がない。
余計なものはエネループの単4を4本買うだけにとどめ、USBハブとUSB切り替え機をお買い上げ。
その後五本木のGSで洗車をしたが、なんと1時間半待たされて、帰宅は7時半過ぎ。
妻が具合が悪いと言ってふて寝していたりしてフォアグラ&シャンパン・ディナーはお預けになってしまった。
なんとなく年越しそばがメインの夕食になってしまったが、なんと紅白を最後まで見るという快挙を成し遂げて2008年は暮れていった。

いまさら振り返っても仕方がにが、この一年はぼくにとってどんな年なのか。
この一年で株式を中心に運用してきたぼくの財産はその評価が半減した。
いやになるのでちゃんと確認することはしていないが、年初に1300万ほどの評価額だった株は、大納会後は600万を切っているはずだ。
投資信託がいくらになっているかを考えるのは余りに虚しい。
あれほど喧伝されたインド株は見る影もないし、トルコなんて地球上から消えてしまったかのようだ。
TOPIX連動のインデックスファンドがどんな状態なのかは考えるまでもない。
地球温暖化なんちゃらを買ったことは覚えているが、そんなことにかまっていられない世の中になりつつある。
ヘッジファンドをインデックスにしている投信も紙屑になっていないだけましなのかも。
ジョージ・ソロスなんておっさんは生きているのかね。
Citiに預けたドルは日々目減りを続けてる。
若干でもプラスなのは野村の口座に残したMRFと定期預金のみ。
金の定期積み立ては9月に3000円だった金が2300円くらいに落ちてしまって、累計ではプラスだけど、短期では「損した」感が強い。

会社と仕事は、責任の重さと決して順調ではない計画に不安だらけだ。
そもそもリストラを続けながらも呑気な雰囲気のこの会社が、これからどうなるのかもわからない。
分社化は既定路線だし、これだけ業績が上がらなければリストラはさらに強化されるだろう。
会社を客観的に見る目と、その中に身を置く当事者としての目。
投資家としての自分は、配当取りの目的以外に自社の株を買うことはない。
給料は増えることはないだろうと思いながら、それなのに社員としての自分はなにかを会社に期待している。
はっきり言って目が曇っているわけだ。

健康面の不安は考えたくもないが、現実は厳しい。
不治の難病の症状は確実に進んでいる。
仕事への影響も確実に出ているのだが、どうにかこうにかひとには気づかれずにいる。
医者には日常生活に支障が出ないような薬を見つけてもらわないといけないが、いろいろ試しているものの、いい薬はまだ見つかっていない。
そして難病とは関係なしに不摂生を主因とするデブ化が進んでいる。
この半年で10キロ前後の増量は、これまでのメタボではないとの主張を覆し、完全メタボ化への道だ。

こんな現状だがぼくは幸せなのだと思う。
不安だらけでも仕事はあるし、妻がいてくれる。
将来への不安もあるし、蓄えも減っているが、それでも絶望するような状況ではない。
新年を迎えた朝、月並みな幸せをぼくはかみしめている。

# by pharaoh7 | 2009-01-01 08:45 | Profile
「らあめん ほりうち」善戦中
年の瀬も押し迫った29日の昼前、3か月ぶりに「らあめん ほりうち」でチャーザルを食した。
「満来」の襲来でその前途が危ぶまれた「ほりうち」だが、店員の引き抜き(それとも逃亡か?)にあったにもかかわらず、元気に営業していてホッとした。
10月11日に「満来」の開店に遭遇して以降、新宿を訪れたのは10月25日、11月22日、12月13日、27日、そして29日の6回。
29日を除いて、いずれも第2or4土曜日で「ほりうち」の休業日だった。
とくに27日は最初から「ほりうち」に行くぞと決めてかかっていたので、新宿に着いて店の前に立ったときの喪失感といったらなかった。
この日が第4土曜日だということに思いが至らず、「ほりうち」が夜逃げ同然に閉店したのかと思いこんでしまった。
それでも食い意地だけは張っているので、そのまま「満来」に入ってチャーザルをいただいたが、「ほりうち」がなくなったのに平然と営業している元気娘を筆頭に、「満来」の店員となんとなく目を合わせられなかった。
案外と早く決着がついたという競争原理への帰着と、妙に浪花節っぽい湿った想いに、一所懸命「満来」のチャーザルのあら探しをしたが、「美味い」ことにはかわりがなかった。
この日が第4土曜日であることに気づいたのは店を出るとき。
この瞬間、29日の「ほりうち」訪問がぼくの中では決定していた。

両店が店開きしているなかでの新宿行は初めて。
でも、この日は迷いなく「ほりうち」に直行した。
エルタワー前の歩道橋を渡ってきたので「満来」の前を通って「ほりうち」に向かう。
「ほりうち」は入り口が歩道から奥まっているので当然暖簾が見えなくて、店が開いているのかどうか遠目にはわからない。
店が開いていなかったらどうしようという思いで、店と反対側のハルク側の歩道を歩いたりして接近していったのだが、ぼくの思いは単なる杞憂だった。
暖簾をくぐると懐かしい「ッらしゃい」という堀内氏の威勢のよいかけ声。
前からいる2人の若い店員も呼応する。
この威勢のよさがいまの「満来」には欠けている。
食券を買うと目の前のカウンターの隅がちょうど空いた。
そこに座ったので店全体をゆっくりと見渡すことはできなかった。
麺を茹でていた昔からの店員が「満来」に異動(?)したので、以前は4人体制だったのが3人体制のオペレーションになっていたが、かなりの混み具合にもかかわらず待たされることなくチャーザルにありつけたので、どうにかまわっているようだ。
久し振りの「ほりうち」の味は、やはり「美味い」だ。
「満来」との差異をどのように表現していいのかわからないが基本的に雑駁なのだ。
そしてその雑駁さが美味さなのだが、表現力がついていかない。
B級グルメという言葉は好きではないが、このカテゴリーのメニューの美味さは雑駁な味にあると思う。
チャーシューの脂ののりは絶品、スープのグルタミン酸の混じり具合もほどよし、麺は「満来」よりほんの少し緩い感じがまたよし。
時間は昼前の11時半だったが、客の入りは悪くなく、店外への行列はなかったが、店内の立ち待ちは10名ほど。
帰りしなに「満来」を覗いてみたが、客の入りは6分といったところか。
この日、この時間に関しては「ほりうち」が断然勝っていたのが妙に嬉しいぼくだった。

基礎条件は「満来」絶対有利な展開であることにかわりはないが、来年は「ほりうち」に加勢してやろう。
# by pharaoh7 | 2008-12-31 06:10 | グルメ
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